自責感モニタリング

自責感がはんぱない。

勉強部屋にいくと、時に強く感じる。
私の劣等感からか、周りの人に声をかけれないのだ。なぜなら、弱音を言ってしまうことは分かっているから。自己否定感に渦巻かれた言葉は人に対して向けれるものではない。

微小妄想は、いともたやすく起こりうる。

野球をしてれば、ほかの場所ならまだしゃべれるけれど、勉強部屋ではそういったことさえ言うことができない。

そしてそれが、周りの人が自分が気持ちをぶつけてこない事を怒りにさせてしまっている。
勉強部屋の仲間にも、部活の飲み会で怒りを口にされた。人に気を使わせていることもつらいけれど、どうしたらいいのかわからない。それでも落ちたくないから、一人では勉強できないから勉強部屋に行く。

そうしたらこんなことを考えて、いなくなったほうがましだと思ってしまう。
今日のように、寝坊してほかの模試委員の人に迷惑をかけてしまった思いや成績不振などの自己否定感がこのような気持ちを助長させる。寝坊した朝はそれは悲しい気持ちだった。


そして余裕がないのと変なプライドから声をかけられる態度も取れず、素直に行きたいと言えず仲間とご飯もいかず、ほぼ一言も話せずに終わってしまった。
卒業旅行も、海外に行かないかと誘われたが落っこちたら悲しいのと、別の友達との別の旅行の約束があり面倒だったので断ってしまった。
明日も模試(3日目)で、明日は時間係なのに。

私の場合は、国家試験に受かる受からない以前にそうした問題を解決しないといけない。(と思っている。これは間違いかもしれないが。)
図らずも自分を責めてしまっている。無意識に、絶え間なく。

それは今まで(大学受験などは)耐えしのいできたけれど、働く上ではコミュニケーションはより重要なので苦しい。なんとかしていきたい状況だ。
ボリクリが始まった5年生頃からこういった考えは顕著になっていき、苦しいものであったが結局医者にかかったのは6年になってからだった。
今は呼吸法や色々な方法は試したが、うまくは行っているか微妙だ。


http://englishbyenglish.web.fc2.com/news_book_igaku.htm

上のサイトで勉強不能というものがあることを知った。
ターゲット一コマ6時間以上かかったりする(細かいところまでやらないと気がすまなかったり)事など、考えさせられる内容だった。


とりあえず、試験が終わったら森田療法について学ぶ。
心療内科で行動療法をしているが、恥ずかしながら寝坊や卒業試験、スケジュールの都合等でまだ十分できていないのが現状だ。(一回30分以上かかるため)自責感をモニタリングして100点満点で一日の中で動きを採点し、見せることになっているが11月末から開始してまだ1回しか出来ていない。

精神科医が自分のことをよくわかっているかも疑わしい。(節々の会話で冷たい言葉をかけられた経験から)
このように自分について考えたいけれども、医学生(特に6年生)には時間がない。
ブログで心の動きを書く始末だ。
けれど、あと試験まで1ヶ月なので結果云々よりも出来るとこまでは粘りたいと思う。